堀江くらはが一筆書きするブログ

息抜き中心。一発で書いてドーン。過度の期待はしないでください。

メディアに人が殺されるまでの流れてこんな感じ?

なんとなーく、メディアに人が叩かれて自殺に追い込まれるのかなぁ、って想像してみました。

 

まず何らかの事件が起きます。それが自分の生活に関わりのある事柄ならば当然怒ります。怒る人が多ければ多いほどメディアはそれを取り上げ、事件の関係者を叩きます。また、メディア内部の人も怒っていればそれはより過剰なものになります。

 

しかし、事件が生活となんら関わりのないものの場合、人々は対して怒りません。それでもメディアは事件を取り上げ叩きます。その意図は様々で、視聴率がとれるかどうか、バラエティ的な面白さ、スポンサーとの関係、報道者の興味……etc とにかく様々な要素が絡み合って報道されます。

報道されると生活に関係ない事柄でも、メディアに流されてなんとなく小さな攻撃をし始める人がいます。そうすることでうっぷん晴らしにもなりますし、退屈もごまかせます。社会に対し興味を持っているアピールもできます。

もちろん、こういう事件にも本気で怒る人はいます。それは少数の事件と関わりあいを持った人たちです。

 

小さな叩きは世間話の中で伝染していきます。そうしているうちに個としては小さな攻撃が、世論という集合体でみると大きなものに変わっています。世論を見てメディアは報道姿勢をより事件に追求するような形に変えます。事件の真相、裏側、人間関係……色々なものをあぶりだしていきます。

 

メディアの報道が過熱すると、人々の事件に関する関心も増加し、個の叩きも段々と強くなっていきます。これにより世論はより過激になり、メディアもより一層その事件に時間を割くようになります。

これがスパイラル化します。人々が飽きるまで攻撃は終わりません。

そうしているうちに事件の関係者の精神が限界にきて自殺します。

 

誰が悪いとかそういうことを言いたい訳ではないです。ただ、なんとなくこんな構図なのかなぁ、と思っただけです。

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